ギャンブルをしない時間が増えても、すぐに普段の暮らしへ戻れたわけではなかった。

それまでギャンブルが入っていた場所に、時間だけが残った。

何か別の趣味を持てばいい。頭では分かっていても、長くギャンブルを続けてきた私には、その別の何かを楽しむこと自体が難しかった。

暇なときだけ、やりたかったわけではない

出かけるまでの短い時間。電車で移動している時間。家へ帰る途中。何も予定がない夜。

振り返ると、暮らしの中にはギャンブルへ向かうきっかけがいくつもあった。ただ、「暇だったからやっていた」という説明だけでは足りない。

私の場合、時間があり、お金に触れられる状況なら、暇かどうかにかかわらずやりたくなった。少し空いた時間があれば、そこからギャンブルへつながった。

ギャンブルをしない時間も、次にできる機会を待つ時間になっていた。

「別の趣味を持て」と言われても困った

ギャンブルから離れるには、別の趣味を持つといい。そういう話を聞くことはあった。

言っていることは分かる。でも、それまでずっとギャンブルを趣味のようにしてきた人間に、今日から別のことを楽しめと言っても、すぐには切り替えられない。

ギャンブルには、お金が動く緊張や、短い時間で結果が変わる刺激があった。何か別のことを始めても、同じようには感じられなかった。

当時の私には、趣味を見つけることより先に、ギャンブルをしない時間そのものをどう過ごせばいいのかが分からなかった。

今振り返ると、何もしていない時間のほうが楽しかった

これは、当時からそう思えていたという話ではない。

今振り返ると、ギャンブルをしていなかった時間のほうが楽しかったと思う。ギャンブルができると考えた瞬間には高揚感やわくわくがあった。でも終わった後に残るのは、何もないような感覚だった。

始める前は楽しみでも、終わった後の暮らしが楽しくなったわけではない。その違いを、当時の私はうまく分けて考えられていなかった。

ものを作る時間が、少しずつ増えた

最近は、ものを作ることに時間を使うようになった。

こういうものを作ってみたい。次はこうしたい。頭の中にあったものを、実際の形にしていく。その時間には、以前とは違う面白さがある。

これがギャンブルの問題を治してくれたとは考えていない。新しいことに、別の形でのめり込んでいる面もあると思う。それでも、以前は思いつかなかった「これもやってみたい」が出てくるようになった。

作ったものには、続きが残る。うまくできなくても、直したいところや、次に試したいことが残る。今の私にとっては、それが時間の使い方を変える一つのきっかけになっている。

青いシャツの小路が、明るい作業机で補修中の小さな器を丁寧に磨くイラスト
作りかけには続きがあるうまくできなくても、直したいところや次に試したいことが残る

空いた時間を、今も組み直している

私は、ギャンブルの代わりになる完璧な趣味を見つけたわけではない。

何をしていいか分からなかった時間があり、今も、何もせずに過ごすすべての時間を楽しめるわけではない。

ただ、すぐに別の趣味を楽しめなかったことまで、自分の失敗だったとは考えていない。ギャンブルが占めていた時間を、私は今も別の使い方へ組み直している途中にいる。

ギャンブルをやめた後に暇でつらくても、この文章だけで治療や再発防止の方法を決めることはできない。自分だけでは止めにくい、また使いそう、強い苦しさがあると感じる場合は、公的な相談先を利用できる。