誰かに払ってもらえるとき、普段なら選ばない物まで欲しくなることがあった。

せっかく自分が払わなくていいなら、高い方にしよう。無料なら、多い方を選んだ方が得だ。そんなふうに考えることが、私には何度もあった。

そのとき見ていたのは、自分が本当に欲しいかどうかではなかった。どちらを選べば、より得をしたことになるか。それが先に来ていた。

選び方の変化価格条件で決める前に、自分でも選ぶかを確かめる
以前安い・無料・割引

条件に合わせて、欲しい物まで変わる

今、考えること無料でなくても欲しいか

自分のお金でも選ぶかを確かめる

欲しい物ではなく、「損をしない方」を探していた

安い物を買うことも、割引やポイントを使うことも、それ自体が悪いとは思っていない。今も、必要なら値段を比べる。

ただ、当時の私は、値段を判断材料の一つとして見るだけでは済まなかった。

安いから欲しい。無料だから試したい。誰かに出してもらえるなら、普段は選ばない物にしたい。条件が変わると、欲しい物まで変わっていた。

後から考えると、自分のお金なら選ばなかった物もある。得をしたつもりだったのに、そもそも欲しくなかったのなら、何を得たのだろうと思う。

お金が、選ぶ理由になっていた

ギャンブルでは大きく増やしたい。日常では少しでも損をしたくない。当時は、どちらの場面でもお金の方を先に見ていた。

今振り返ると、自分が何をしたいかより、得か損かを先に考えることが多かったのだと思う。

本当に食べたいのか。本当に使いたいのか。自分はこれに時間を使いたいのか。そうした気持ちより、価格や条件を先に見ていた。

今は、「自分でも選ぶか」を考える

最近は、安いか高いか、お得かどうかを見る前に、これは本当に自分が欲しいものかを考えるようになった。

値段を気にしなくなったわけではないし、いつも迷わず選べるわけでもない。それでも、「無料でなくても欲しいか」「自分のお金でも選ぶか」と考えると、以前とは違う答えになることがある。

今でも、どちらが得かを先に考えてしまうことはある。安い方を選ぶ日もあれば、高くても欲しい方を選ぶ日もある。以前と違うのは、値段を見た瞬間に、自分の気持ちまで決めてしまわないようになったことだと思う。

ギャンブルから離れることと、買い物の選び方は、同じ話ではない。ただ私にとっては、どちらもお金を人生の中心に置きすぎていた自分を見直す中で、少しずつ考えるようになったことだった。