自己破産を決める前、私は妻と1か月、別々に暮らした。

離れていた間、妻に何ができるのかを考え続けた。何をすれば喜んでもらえるのか。自分に支えられることがあるのか。けれど、そのときの私には答えが出なかった。

答えを探しても、見つからなかった

私はギャンブルを繰り返し、妻に負担をかけていた。

別々に暮らしている間、自分が妻にしてきたことと、これから何ができるのかを何度も考えた。

何か一つをすれば埋め合わせられる、という答えは見つからなかった。考え続けても、それだけで次にどうすればよいかが分かったわけではなかった。

自分だけで何とかしようとしていた

身近な人へ話す前まで、私は自分にギャンブル依存症の問題があるとは考えていなかった。借金を返せば、自分の力で立て直せると思っていた。

身近な人へ話した頃から、自分にはギャンブル依存症の問題があるという自覚を持ち始めた。それまで、ずっと自分だけで何とかしようとして、うまくいかなかった。だから、同じやり方を続けず、人の力を借りる必要があると思うようになった。誰かに頼ることは、悪いことではないとも思った。

それでも、別々に暮らしていた当時は、「自分が全部悪い」と考えていた。自分を責めてやめると決めても、気づけばまたギャンブルをしていたことが、これまでに何度もあった。

今の私は、自分にギャンブル依存症の問題があると認めることが、向き合い続ける出発点だと考えている。これは私自身の経験と受け止め方であって、読む人の状態や今後を判定するものではない。

自分が何を大切にしていたのかを考えた

その1か月は、妻とのことだけでなく、ギャンブルとは何だったのか、お金を何のために持ちたいのか、自分は何を幸せだと考えるのかを見直す時間にもなった。

それまでは、周囲と比べることや、外からどう見えるかを気にしていた。離れて暮らす中で、自分の価値を何で決めようとしていたのかを考えた。

今振り返ると、その期間は、自分自身を見つめ直すきっかけの一つだったと思う。

お金が多ければ多いほど、それだけで自分が幸せになるとは、今は思っていない。自分にとって何が幸せなのかを、自分で見つけていくことを大切にしたい。

別居したから答えが出た、という話ではない

1か月離れて暮らしたから、ギャンブルを繰り返さなくなったわけではない。妻との関係がそれだけで解決したとも、別居すれば自分を見つめ直せるとも言えない。

別居や離婚を選ぶべきかは、この記事から決められない。関係や暮らしの安全、法律上の問題も人によって違う。

私の経験として言えるのは、答えが出ないままでも、自分がしてきたことと、自分が大切にしたいものを考える時間になったということだ。

依存症は、意志の弱さだけの問題ではない

厚生労働省は、依存症を、自分の意思だけでは行為をやめたり減らしたりできなくなる病気と説明している。本人が病気だと自覚しない、または認めないことも多い一方で、適切な治療や支援によって回復は可能で、慢性疾患として付き合い方が大切だとも案内している。

二人だけで話を整理するのが難しいとき

厚生労働省は、保健所や精神保健福祉センターで、ギャンブル等依存症について家族からの相談も扱うと案内している。窓口によって、相談方法や受付条件は異なる。

本人と妻だけで話を整理するのが難しいときは、同省の公式ページ(公式サイトを新しいタブで開きます)から、地域の保健所か精神保健福祉センターの現在の相談方法を一つ確認できる。